>しかし、この時点でもう、私は、子供ではなくなっている。
>従順な子供のふりをしている大人。育ててもらっているわけだし、仕方がないから自分をださずに子供のふりをしよう。そのほうが得だから。いつまで。大人になるまで。私が母を好きになるまで。
というかですね、
文化人類学的といいますか、人は「社員である前に自分」でしょ。
家族法人も法人ですから。
属性として「部長(母親)と平社員(子供)」のような属性や関係性はあっても、あうんの呼吸といいましょうか信頼関係といいましょうか、実態は「個と個の尊厳」が前提なんですよ。(特に昭和以前の大家族主義時代の方が家族社会はより法人っぽかったので当時の方がそういった認知に迷いが無かった)
個人が誰かを超えて「立派な○○商事の正社員になるんだ!」というのはこれナイ話なんです。
(あるとすると”栄光の巨人軍”のような既存の上部構造的権威性が明快な場合→家族法人で似たケースは”名家”とか”貴族・武家”とか”歌舞伎の○○家”とか)
「どうか○○商事に入社させてください」と土下座したワケじゃないですから、
素で○○家に生まれちゃうのであって、
仮に「部長と社員の絆」のような信頼関係ある場合→「単に上司と部下の関係を超えて」と言いますよね?
言葉として「単に親子関係を超えて」という表現が無いのは家族法人の場合滅多に辞職や解雇事例が無いので(身分保障)「上司と部下の関係を超えても同じ親根関係の枠の中で言葉にしてもいいだろう」という(特殊な法人といいましょうか)、ここもあうんでそういうことになっているだけで、実態は同じですから「濃密な絆の親子関係」があるとするならば実態は「単に親子関係を超えて濃密な信頼関係がある」なんですよ。
つまり信頼関係のベースは法人としてのクラス(階級)上の関係性では無く(他人と他人同様)個人ベースだって事です。
「従順な子供のふり」というのは「上司に正社員として認めてもらおうと必死になっている」のと同じ状態なワケです。
今回のケースをザクッと説明すると
「パワーハラスメント下にあるのにストックホルム症候群(わからない場合にはググればすぐwikiが出ます)みたいな現象で、当事者が権威者にそれを”好感”だと勘違いしてる」という事です。
(当然人類ヒト科の幼児特有の”習性”として、記憶も定かじゃない時期からベーシックには両親に好感を持つ状態から始まる事も言うまでもありません。古い印象記憶として残存する)
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※重要な要素として強迫的関係により自我そのものの強迫意識を親子関係を媒介にして伝達させるタイプの親は幼児が”赤ん坊時代(大人の他者的不安感が無いため)”過干渉とも受け取れるぐらい溺愛するケースも多い(赤ん坊時代だけです→生意気に口を利くようになると正反対に親が不安状態になり神経質になり子供に対して警戒感の方が強くなる)。
極端なたとえ話をすれば、
「ある日突然別の次元にタイムスリップした。その次元では私は暴力団の構成員で、組のやることや下っ端の私がやらなくてはいけないことは不条理極まる違法行為ばかりだったのですが、当然そこから抜け出す事などできません。知らない間に私は直属の”アニキ”に気に入られようと必死になっていて、アニキは随分無茶な人なんですが、ある日等は・・・・”お前もいっぱしのヤクザになってきたじゃネーか”と声を掛けられた私は、、、その時です私が”アニキ”に一生ついていきます!←のようにワケわからん状態になっていたって事です」
わかりますよね?
この構造が投影なり連想されれば「会社の同僚との会食」←こいつが過剰なぐらい緊張の場と化す事が。
>携帯を最近買い、父が私の携帯番号に4や9があり、よくないので変えるようにといってきた。
↑
ですから、この現象も「電車でとなりの席に座ったオヤジがそんなエピソードの話をしていた」のと同じ感覚で聞けない方がおかしいんですよ。
仮に同じ話を(事前に知らずに)となりの席のオヤジの話として聞いて、それを友人に話す自分って設定で考えてみてください。
「って話聞いちゃってさ(爆笑」
「(涙流して)、バ、馬鹿じゃんって、4や9って何よそれ、二つあったらさ携帯番号何桁以前にお前090全部ダメじゃんみたいな(笑」
「あり得んと思わない?」
↑
相手が誰だろうと同じ反応でいんです。
(これぐらいの勢いであっても全然おかしくないでしょう)
で、「それマジなん」な状態で、
(いやー無理クリ角立つ話になるのもなんとやらと思えば)
「そんなに気になるなら変えてもいいけども(笑い堪えて)、うーんどうたもんか」
結論「どっちでもいい」(言い換えると”どーでもいいこと”だってことです)
カウンター意識して少々極端な話にふりましたが、そんぐらい思考や認識のファンダメンタルを切り替えて初めて「現実」が見えてくるって事です。
逆さに言えば現在の状況は「SFまがいのタイムスリップした主人公みたいに”ありもしないトンチンカンな話”の中を彷徨っているほど現実離れした認識下にある(存在もしない世界の話をしているかのように)」って事です。
(それぐらい大きな幅で立ち居地を切り替えて考えてみてください→次から次と記憶の過去事例の意味や話の筋が変わってきますから:エピソード的に意味が逆さまになる記憶もあるでしょう)
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