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【53】ただの錯覚でしょうか? 早恵 2011/01/30 19:17

【64】追記解説ということで kagewariこの掲示板の管理人です 2011/05/18 20:50
【69】今後の父親との関わり方 早恵 2011/07/29 20:39
【70】ザックリ言えばですが kagewariこの掲示板の管理人です 2011/07/31 02:31

【64】追記解説ということで  kagewariこの掲示板の管理人です  - 2011/05/18 20:50 -

>雑用係しかこなせない人は自分も含めて社会のお荷物だと思ってました(今ももやもやしてますが)。
私の年齢からみれば男女雇用機会均等法なんていうのは最近の話しでして、
私の年齢からしたら「女性は一般職で(お茶くみ)、短大出て大企業の一般職というのが最強の結婚活動(逆に4大なんていくべきじゃない風潮もあった)」というのが定番でした。文中にあるように”最強”だったのです、
(勿論こういう習慣的風潮そのものが社会差別となり→男女雇用機会均等法となるわけで)
言えば戦後からついこないだまで日本の大きなトレンドは「女性は電話番とお茶くみしかしない」だったのです、
(採用時から完全に切り分けされていた)

上記流れが完全に途絶えたかと言えば違いまして、
今でもハローワークの求人事務職で女性の方が有利なのは受付や電話番など”暗黙の希望”で会社は女性を採用したいのであって(対応的にもソフトタッチになりますから→親切な女性が対応しますのようなキャッチコピーがあるぐらい)、実際に現場には差別と関係のの無い”一般事務職(現代的一般職)”が存在します。
そして、それがお荷物だったら大変なワケです。日本の経済ガタガタになります、


つまり偏向し(誇大化)した共同幻想的強迫心理特有の”権威主義認知”の名残がまだまだ残っている。
(メンタルな問題では無く当時解釈されていた”偏向知識”が残っている)
これはオセロゲームのように逆さにすればいいのであって問題の大小から言えば”小さな問題”です、
しかし、仮に「所謂立派な仕事(何のことだか抽象概念でわかりませんが)に拘り、雑用係を蔑視する視点へのこだわり」があれば”強迫心理が興奮している”事になりますから「はいはい、これは黒から白」とパチンと裏返しにできない(強行に抵抗)のであれば問題だとなります。
言うならばどこも誰も頼んでもみない(或いはきいたことすらない)「強迫心理(幼児期自我がベースなので端的に言えば”子供の勝手な想像”的な影響を受けていると考えられる)の勝手な想像があたかも”誰か存在もしない権威者”が命じたかのように思い込んでしまう」。
神経症含めて典型的に見られる”過度の社会適応傾斜”に頻繁に見られる現象です。

(勘違いされた特権階級意識←本人そのつもりは全くないが、はた目から見れば”過度に立派であるべきで雑務など私にはあり得ない”というスタンスは結果論として自然に仕事しているスタンスの構成員(そつなく業務が終わればよいのであって別にできなくちゃいけないなんてないわな)を知らない間に蔑視しているのと同じ事に気が付かない(私はあなたたちと違う)。←これは強迫心理の組成が家族社会の中で幼児や子供という”被差別特別枠”であるところの反動みたいなもので、典型的な幼児心理の誤謬です。)


>仕事をこなし、オフは友達とはしゃぎ、好きな人や家族と過ごすことが人間の幸福なんだと思ってました。

本当の酒飲みが静かに銘酒を一杯とか、昭和サラリーマンが一日の終わりに晩酌で一杯など、
 ↑
もちろん幸せな世界であるだけでなく感情的にも豊かなシーンですが
嬌声挙げてはしゃいで大騒ぎしませんよね。
(子供じゃないんですから→思い出してください第三者が顔をしかめる「しまつにおえないガキ」の定番は「嬌声挙げて(興奮がとまらず)騒ぎつづける子供」のことです。メンタル的発現としては世間から忌避されるその典型事例が『暴走族』。)

補足すれば家族も友人関係も基本は全て「赤の他人」です。(血縁や友人関係の縁があるだけ)
勿論そういった関係の中にも実を伴った深い関係性が成立する場合ありますが、その場合呼称が変わります。
気の合う家人とか親友とか、
共同幻想社会ですらわかっているのです。
大人同士の信頼関係を前提としない場合、家族もただの呼称で(血縁というだけで赤の他人である)、友人もただの呼称です(友人というだけで実体は顔見しり程度)→だからワザワザ『親友』なんて言葉が”別途”あるのです。
※逆に『親友では無い友人の定義』や『個人的には親しくない血縁』と考えるとわかりやすいかもです。

共同幻想社会における”個の論理”は『共同幻想社会(世界)内の論理』なワケで、更に意味合いを紐解けば、
血縁とか友人関係というのは前提となる共同幻想の道理なのでこの際関係無く、彼らとしても何がいいたいかって「キモは大人同士の信頼関係だ」ってことです。(ベースラインは個と個←なので個体は各個に自立独立していなければならない)
ですから、逆説的に言えば「家族でも友人でなくともよい(これは共同幻想成立に関係するキーワードで特別自意識にとって個人的意味は無い)」重要なのは独立し自由に活動する自意識(大人性)が、信頼関係をもてる相手となるのです。
信頼関係があれば相手は「馴染みの店の店員でも、身分違いの上司や部下でも、普段交友関係のない知人でも、ネット社会における媒体でも(下手するるとロジカルな概念であれば人でなくてもいい→これが哲学思想などの学問や強い趣味性や美意識など)」いいのです。
(勿論人間以外の枠であれば、愛猫や愛犬でもいいワケです。人間よる遥かに哲学的な個体も存在します。←この場合も大人として大人同士の仁義を切るから見出せるものです。)

※それこそ信頼関係が揺らいだ夫婦は同居に耐えかねて別居なり離婚するのであって「なんでもかんでも家族と過ごすことが幸福では無い」この場合も内容次第(だったら外形や共同幻想的属性呼称(夫や妻のタイトル)は二の次)ということです。

勿論構造的には個の幅が大きい単独者は(呼称と関係なく)誰彼となく信頼関係を派生させるには有利です(所謂ネット空間におけるコミュニケーション論じゃないですが)、
メンタルな問題などで自分で排他性(ひきこもり)発現すれば”逆の目”になりますがこれは例外事項です。
共同幻想保守は外形として”所属などの枠組み(リミッター)ありき”の側面はあります。特に共同幻想社会は滅多な事で自意識マターを発現できない制約(協調優先)があるため、自己紹介効果として「どんな人なのか説明し難い」(それ以上に組織人としての属性の紹介が上位になってしまう)ため、共同幻想な人ほど信頼関係の構築は苦労します(パッと見多数友人がいるように見えて実体ひとりもいないケースが大変多い)。←結果として共同幻想社会が信頼関係への不安から「集団で嬌声あげたり騒いだり」が発現しているとみる事もできるでしょう。

且つ、
その信頼関係は定期的に確認しなくちゃいけないのなら信頼に欠けることになってしまいます。
馴れ合い目的ではありませんから、
つまり、自分の生活動線におけるいずれかに信頼関係のポイントがあれば、信頼関係性が日常生活に頻繁に必要なのでは無く、
(自分の人生を生きている事が、結果として信頼関係の生存証明になる)
しみじみひとりで一杯の酒を飲むとか気の合う奴と静かに語らうとかって世界には「深い意味がある」ワケです。
その感情的奥行というものは→「嬌声挙げてはしゃいで大騒ぎ」の対局にあるもので、

※なので昭和の家庭モデルにおいては父親はほとんど言葉を発せず団らんの笑いにもあまり参加しません。
※更に言えば良家の子女には「はしたないので人前で歯を見せて笑うな」という世界もありました。
※真剣勝負の囲碁将棋やテニスや茶道や他武道もダンスも(個のパフォーマンス最大)ちゃらちゃらした私語厳禁です。感情云々どころか生死を賭けるような(生存証明)モチベーション限定解除『最大』なわけです。←こうなると個人的趣味の世界も命がけだぐらいの勢いだったりする。

いわば思考の鍵は『大人の世界』ということであり、
強迫心理時代の過去の知識の影響で勘違いしてしまうと、(強迫構造は壊れているのに)過去の知識に振り回されてしまいリハビリ過程が無意識から妨害されてしまうというワケです。

※又、興奮快感と幸福には関連性ありません。興奮快感の元ネタは「団体作業ストレスのご祝儀として(インセンティブ)原始社会で始めたお祭り(大興奮)」等に始まるもので、麻薬とまで言い切りませんが、無理やりの共同作業(原始的共同幻想)のストレスを弁済するための快感物質によるインセンティブや報酬(原始時代なので酒を振る舞って踊り狂うというのは一大イベントなのです)であり、極論すると若い人達が群れて騒ぐという現象は→群れることのストレスを回避するために同時進行で騒がないともたない(集団が維持できない”不安”)からなのであって、逆に言えば「ぬけがけして帰るなよ」とか「他の奴はくんなよ」などの排他性(集団を維持する自己防衛)でもあります。←無意識的なので彼らに自覚があるのではありませんが「好きでやっているのでは無い」と捉える事もできます。
(無意識的なので「好きでやっているのではない」の自覚は限定的ですが、勿論現代社会の場合共同幻想はほころんでますのでかなりの構成員は「疲れる」「帰りたい」などの限定的な本音を自覚してます。)
※興奮快感には習慣性(中毒性)があるため→文化人類学的には共同幻想の仮想普遍化はそういった側面の中から生まれてきたのかも知れません。


<ひとつ参考としては>
>こんなことを言ったら他のスタッフや利用者さんとの衝突も避けられそうにありませんが(私の言ってることが正しいかも分からない);
>職場の人は私のことを良く思ってない人もいるでしょう。

強迫意識離脱リハビリ過程中とか、或いはメンタルな問題発症で早期に共同幻想の裏だけは見えてしまったなどで『暫定的単独者系(この系は銀河系などの系で”域”というか”射程”とか”レンジ”みたいなものです)』の状況にありますので(単独者・共同幻想保守の選択は離脱後再選択なのでリハビリ中は暫定)突っ走り過ぎると誤解から見当違いの批判を受けたり誤解される事もあります。

対策としては積極的な情報開示です。
(聞かれる前に話すみたいな)
自己紹介というより更に営業並に情報を開示する。
(苦手や関心や自分の状況や”現在リハビリ過程(遅く来た大人の反抗期)フラグ”として試行錯誤の様子を”個別の考え”や”やってみたこと”などのディティールも積極的に話すなど)
人間何が不快って一番は”誤解”ですので、
後は「(それは共同幻想的仕事で本当のところは)違うと思います」なる意見があってもこの場合には(共同幻想な人も好きでそうやっているのではなく”共同幻想リミッター”でそれ以上できないのであり)、自分の意見であって誰か特定個人を批判しているのではないと伝わるように配慮することでしょうか。

注)どこの世界にも『共依存リスク』というのはあります。ですから上記の話は「私は迷いなくこうやってます」的な自己紹介の範囲に留める注意も必要です。素人相手にというと語弊あるかもですか安易に「相談話」とならないように注意してください。待ってましたとばかりに過干渉で関係してくる人物が(その人物の強迫心理の勘違いを前提に)おせっかいにつきまとうというケースも珍しくありません。
(リハビリ期間は自己防衛で”恋愛制限かける”ってのはこの辺のリスク管理です)


などなど今回のテーマは全体に渡って信頼関係が基本という話ですね。
(人に対してもですが自分の自意識に対してもです)

引用なし

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【69】今後の父親との関わり方  早恵  - 2011/07/29 20:39 -

1人暮らしを始めることになりました。
父親は納得いってないようです(母親も寂しがってますが、父親はもろに態度に出してきます)。
私が部屋にいると、昼間に何度も呼び出してきます。
「近くにたくさん就職口があるのにどうして遠い場所で仕事を探すんだ」と何度も聞いてきます。
それに対して私は「この家から出たいの。この環境に育って私は幸せじゃなかった。あなた達といるとこれ以上精神的に病んでしまう。自殺も本気で考えた」と返しました。
父親は「そんなのすぐに治る」「仕事が軌道にのって、精神的に良くなったら戻って来い」とばかり言います。
何回か部屋のドアを開けてきてと「考え直してくれ」「どうして近くの就職ではだめなんだ」と言ってきます。
「しつこい」「そういうのをストーカーだというんだ」と私がきれると「どこがストーカーなんだ」と言うだけです。

先日父親が「弁当を買ってきたんだ。最後だから一緒に食べてほしい」と言ってきたので、(このくらいは付き合ってもいいだろうと思って)少し付き合いました(普段は部屋にこもりきりなので、親とは全く一緒に食事もしてません)
それで、父親と一緒に弁当を食べてたのですが、いつものように
「早恵に聞きたいことが山ほどある。どうして近くで就職しないんだ?」と聞いてきました。
「希望してた職種がこっちにはない。距離的に通うのに限界がある」と言ったら、
「(父親は本心から納得してませんが)理由は分かった。聞きたいことがたくさんあっても早恵が家にいなくてなかなか話もできなくてイライラしてたんだ。聞きたいことが聞けた。
もし何かあったら帰ってきたら良い。こっちで就職口を探せば良い」と言い、引越し祝いまでは行きませんが、父親がお菓子の詰め合わせを私に渡してきました(一応父親からの気持ちとして形だけ受け取りました)

その後どこに引っ越すのか聞いてきたので住所を言ったら(在所までは言いませんが、狭い町なので探せば分かる)、
「遠いな(実家から国道で1時間)。こっちから行こうにもなかなか行ける距離ではないな」と言ってきました。
「来られても困る。余程用事があった時だけ電話して来て、必要があればこっちから行くことはするけど、そっちの方からは来ないでほしい」と言ったら、
「そうだな。事前に連絡するべきだな」と父親が返してきたので、
「事前に連絡があっても用もない時に(ただ私と会いたかったという理由だけで)私のところに来られても困る。たまには実家に帰るから」と返しました。

ただ引越し前夜になり、父親は私の部屋に来てドアを開けて最初は「体に気をつけてな」と言ってきて、また5分後に勝手に私の部屋のドアを開けて「仕事で力をつけたら帰って来いよ」と言い、また5分ほどして部屋のドアを開けてきて「自分で仕事ができるようになったらこっちに戻って来いよ」と言ってきました。
母親が父親に「分かったから」と静止しても、「おまえには話してない!!早恵に話をしてるんだ」と母親にきれてました。

引越ししようとすると、朝寝てる時に勝手に私の部屋に入ってきたり、父親が車のドアを開けてきたり、車に乗り込んできて「仕事に慣れて、そのうち戻って来るんだぞ」と言ってきました。
父親を切り離すのに大変でした。

父親の心理は想像つきますが、彼の性格からしたら何をどう説明したって納得しない。彼は私達がいつまでも実家にいて、家族の交流を持てない限りはどんな説得でも応じない。
1人暮らしを始めても、今後は父親が引越し先に押しかけてくるんじゃないかと憂鬱です。

引用なし

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【70】ザックリ言えばですが  kagewariこの掲示板の管理人です  - 2011/07/31 02:31 -

複数の実例や、ここでは心理学的な側面も交えて裏取りして考えた場合を中心にコメントするならば、

■「あまり気にしなくても心配ありません」

家庭争議的に問題になる事例はやはり『投影を経る形』で(二次的な)恋愛関係や職場における人間関係(或いはメンタル発症世代の実子に対して)などリミッターが効かない場面になります。
(「メンタル発症世代の実子に対して」とは”幼児虐待”事例の事です←この場合も相手が幼児だから可能(当該対象とそれほど親密な人間関係が無い:後述))
ここで言う『投影を経る形』というのは(勿論今回の場合も彼の依存心理の元ネタは彼の子供時代における家族関係がベースですから二次的ではあるのですが)「今現在(強迫心理の)思惑どおりにいっていない当事者」では”無く”、ナルチシズム的に潜在化したイメージ(一度内向しているので幻想にリミッターが効かず拡大する)を投影した第三者などに極端に言えば縁もゆかりも無いのに固着する事例(その典型事例がストーカー)となるからです。
※心理系の典型事例としては「運悪く中途半端に共同幻想適応の人生を歩んでしまい”幻想家族”をそのまま友人関係(や恋愛関係)などに投影成功してしまった場合」などになります。

いわば今回の事例は「困ってしまって暴発している」のですから、
ある意味『それ以上にエスカレートする引き出しが無い』のです。
※人間はイメージでもなんでもいいのですが、自分で思いつかない事まで動機形成企画することできませんから。
(極論第三者であるとかストーカー事例のように”新聞の事件記事”をモチーフに幻想が無意識に拡大して強迫心理がありもない話をあたかもそうであるように捏造するような『小説のパクリ的なネタ借り』は、空想性が高いほど成立するため→当該対象とそれほど親密な人間関係が無いほどリスクが高まる傾向があります。:よく知っている相手の場合(誤解にも限度がある)強迫心理が都合よく解釈するにも限界がある。)

これは問題当事者(今回の場合父親)も同じであって、
「自分でも何やっているのだかよくわからない状況(パニック)」の成立要因は「自分でも知らなかった内面の強迫心理の暴露」であるため、
うろたえている自分の無様な様子を知る事が”それを知るキッカケ”にもなるのであって、
今回の問題の暴露は今後の彼の人生にとっても(強迫心理的に言えば”ヤバイ”)ネタバレ的な効果が予測されます。
(その事実を彼がどう考えるのかは彼次第なので未来の話は予言できませんが)
 ↑
あくまでも状況分析としてそういう意味だということです。
(彼がそれを利用するか否かは予測できませんが、彼が今まで自分でも気が付いていなかった「強迫心理バレバレ状態」な言動をさらしてしまった事は、彼自身にそれを考える気持ちがあれば”自分の心理を知るヒント”となる。←勿論そんな事は無かった的強弁の中心理的逃走する場合も十分可能性としてありますが、)


ですから彼がストーカーのようにおしかけてとか、大騒ぎになりなどのような心配は(勿論当事者としてそう心配する気持ちはわかりますが)心理的な分析としては「むしろ過剰に認知されがち」なぐらいに思っておく方がいいでしょう。
「こういうことあると、自分でも”過剰に認知されがち”な事例だなこれは(現実のリスクは心配するほどでもない)」
のように考えておくところだという事です。
(繰り返しになりますが、過去事例や心理的分析からも「あまり気にしなくても心配ありません」というのが妥当な線です。)


※補足すると犯罪性心理のように刑事事件的な行為を引き起こす場合(犯罪心理とメンタルとは関係が無いので)彼は普段から刑事事件的な問題をあちこちで起こしている場合となるので、今回の場合それも適応外です。
”犯罪性”というのもそれ自体がメンタル系の状態ではなく”モチーフのひとつ”であって(強迫心理がこれを都合よく解釈する場合はありますが)、人間の性善説や性悪説的思考が心理学の範疇超える話であるように(極論国が違えば何が違法かも違うワケで)、当初から(法学的違法性とは別に)「違法な事」的モチーフの選択なので(最初からそんな社会的認知を持つ強迫心理は無い)、「飲酒」や「薬物依存」などのような、自意識の選択を一度経ていないと選択されないため→違法性の選択はメンタルとは関係が無い(深い話になりますが「心理学的に考えれば刑法39条は成立しない」←自意識選択を必然とするので責任能力が無い事には選択されない:過失は例外として責任能力を欠く犯罪など無い=そこには何らかの自意識の関与があり→強迫心理単体では犯罪などの高度な動機形成立案能力を保持できない)、
つまり刑事犯的問題行動は常にそんな傾向が(素でも)見られる場合にのみ派生することになります。
(今回は犯罪心理がメインテーマでは無いのでそれ以上は説明しませんが、家庭内事件も問題は閉鎖性や無理な同居が発端となるので今回は「ひとぐらし」として家を出る話なので、その逆になります。←「事件性リスクは内向性(イメージの自己愛的肥大)が鍵」であるため。)


つまり自分にとっても彼のためにも、
▲「気にせず着々と家を出る方向に進めばよい」となります。


■今回の事例には更に重要な事実関係の確認があります。

正に一人暮らしに成功することにより「それは露見した」ワケですが、
精神分析であるとか、そのバックグラウンドで”推定”や”論証”されてきた親世代の強迫心理が、目に見える事実として「やはりそのままだった」事が確認されています。
彼の言動は(あえて心理的には不適当な差別表現を使います)「病気としかいいようがない」状態です。

ここを娘に対する家族依存ではなく(あえて心理的には不適当な差別表現を使います)「今度の話がマザコン中高年男の問題行動だったら?」として考えてみればもっとわかりやすく彼の強迫心理の姿が見えてきます。
『自己愛的な妄想とそこに依存するあまり現実を喪失するさま』
普段は目に見えていませんが、彼の深層心理や”現実認知”には常に今回暴露されたような”現実との乖離”があり、
(あえて心理的には不適当な差別表現を使います)
極端に言えば「彼は現実には存在しない”あっちの世界(幼児期に形成された幻想家族)”でしか通用しない偏向と幻想世界(蜃気楼のようなものです)に生きてきた」という事です。
そして彼が現実の行動(結婚生活)の中で実現しようとしていたのはそんな”この世に存在しない幻想家族の再生産(追体験)”だったワケで、
 ↑
やっかいな事ですが「そんな裏事情を彼自身(彼の自意識)もまったく自覚がなかった」ワケです。
(ここが心理学のキモですが)
(強迫心理の生成と自意識がまだ強固に成立していない自我というのはワンセットみたいなものなので、通常自我が強固に成立する前の自分の心理事情は逆トレースできない(これができたら自己分析できる”精神分析使い”って事になります)。)

一拍置いて
「まいったな〜」としみじみ考える時、
「やっぱりそういうことだったか」的な認知を深める事ができるでしょう。
(ここにはおおよそ家族と呼べるような社会ははなから存在しておらず、又彼らにはそれは無理な話で、自立というテーマは自分だけでなく他の家族だった彼ら全員に関わる問題だった。同時に「日本にとっても偏向の時代である昭和がプレゼンしていた”家族モデル”であるとか”クラスとしての家族”というような幻想に振り回されてしまった事例のひとつかもしれない」のような認知。)

視点を整えるとするならば、
(彼はひとりぐらしになるのではありませんが)
「自分のひとりぐらしによって彼らの自立も促す事になるワケだ」
と、考える事ができるワケです。

仮にですよ、
無理な同居が続いて、この隠れた心理が温存され(暴露することもなく)隠蔽され、このまま続いていたとしたら?
こう考える方が遥かに潜在リスクは高いでしょう。
ですから、
自分にとっても彼のためにも、
「気にせず着々と家を出る方向に進めばよい」となります。

引用なし

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